マーケット概観(バックナンバー)
小生が最低月に1回、執筆し出稿していた原稿の一部です。従って本ブログで公表出来るのは1ヶ月以上経った過去の記事に限られます。最新のものを読んでみたいという方はコメントやメッセージ等でご連絡ください。

 
メリカ景気回復の進捗を見極めながら米金利の低金利政策解除の時期、つまり利上げに転じる時期を探るというのが、為替や株式、あるいは債券においても相場の動向を読むうえでの最大の要因とされていました。ところが8月のFOMCでは、FRBMBSなどの保有証券の償還資金を米国債購入に充てて金融緩和状の維持を表明し、利上げどころか金融緩和の方向性を打ち出したのです。これには米利上げ→ドル高のシナリオを待っていた市場参加者の売りを誘発しドル円相場は過敏に反応、824日には一時、83.57円のドル安値を記録しました。その後27日に行われたバーナンキFRB議長の講演の中で、「最近発表された経済指標は一段と弱くなっている」としながらも、「2011年の成長への条件は整っている」と米景気の回復期待感をもたせたこと、さらに「FRBは必要に応じて追加緩和策を実施する用意がある」とたうえで、「現時点では一段の措置を取るための具体的な基準や発動条件では合意していない」とこれ以上の金融緩和は想定にないことを言及しました。30日には日銀の臨時会合にて、本邦サイドも追加緩和を決めたため、一旦ドル円相場は落ち着きを取り戻し、現在に到るまで80円台半ばの安値圏で推移(最安値は914日に83.23を記録)しています。次ページチャートからも見て取れるように、このままジリ安トレンドに変化が見られるわけではないため、近く19954月のドル円最安値 79.75円を更新するのではとの見方も強まっています。
 
動車、電機、機械関連企業を中心に円高不況に悩まされた95年の相場と今回の円高相場についていくつかの観点から比較してみたいと思います。まずドル円相場80円台という実数字は疑いなく同レベルですから、各報道等にもあるように“超”の文字が踊る円高水準と言えます。この実数字を使った価格の推移を名目相場と言います。これに対し、ある基準日を定め、その日だけは名目相場を用いるものの、その後は両国(ドル円相場であれば日米の)の金利差を考慮して貨幣価値を再計算した価格の推移を実質相場と言います。

 
 ここで実質相場の具体的な考え方を例示してみましょう。例えば200012日の時点でドル円相場はちょうど100円だったと仮定します。その後、日本では10年間全くのゼロ金利で推移、その一方でアメリカでは平均2%だったとします。つまりアメリカでは年率2%のインフレで物価が上昇しているわけですから、言い換えれば貨幣の価値は10年間で2割も下落したことになります。逆に日本ではゼロ金利ですから、10年たっても物価も貨幣価値も変わりません。余談ですが、日本では銀行預金とタンス預金の価値が10年経っても変わらないのはこのためです。もしアメリカでタンス預金をしていたら、銀行預金に比べて10年で2割損をすることになります。すなわちタンス預金はデフレ経済のたまものということになります。

 これを整理すると2000年の時点で1.00ドル=100円だったものは、2010年の時点で1.20ドル=100円であるべきとの計算になります。1.20ドル=100円は1.00ドルに直すと83.33円です。つまりアメリカがインフレ、日本がゼロ金利であれば、実質相場においては相場の実数字が円高にシフトするのです。実際に1995年と現在とを比較すると実質相場では日米金利差に大きな開きがあったため約3割も円高方向にシフトしています。すなわち19954月の79円は現在の実質相場では実に55円に相当するまさに異常とも言える円高だったわけです。また20001月の名目相場101円は現在の実質相場では81円となり、現在の円高水準にほぼ等しい数字になることがわかります。すなわち日米の金利差を考慮に入れた実質相場で考えると、現在の円高水準は2000年初の円高で受けた感覚と同じレベルとなるのです。
 但し当時はユーロが発足直後で未だマーケットの信任を勝ち取れず徹底的に売り込まれている最中であり、またアメリカのITバブルに陰りが見え始めたことが重なり、ユーロや米ドルから逃避的に円が買われた時期で、現在の日米金利差の縮小によるリパトリエーション(外国へ投資されていた資金が日本に回帰すること)やドルペッグされている中国経済圏の台頭によって日本の貿易黒字相手国の米ドル決済ウェイトが高まっていることなどが円高要因となっている現在とは少し趣が異なるようです。
 
行相場の考え方によって、単純に過去の1ドル=100円と今の100円を比較しては感覚を見誤ることがわかりました。しかし、実行相場の考え方ではどこかある時点を基準にして正しいものさしとして利用することはできても、相場のトレンドを予測することはできません。そこで為替相場はその二国間の経済力の強弱によって変動していくものだとすると、長期的には購買力平価のドレンドに倣ってドレンドが決まると考えることができます。次に購買力平価について、少し探求してみましょう。

買力平価とは、日本経済新聞201096日朝刊によると「各国・地域の物価の違いや為替レートの影響を除いた基準。内閣府は「購買力が等しくなるような通貨の交換比率」と定義する。それぞれの国や地域で同じモノが同じ量だけ買える価格を示す。例えば同じ1ドルを使って日本と台湾で買い物をする場合、物価や為替レートが日本より相対的に安い台湾の方がたくさんのモノが買える。購買力平価ではこうした物価や為替の影響が取り除かれるため、実質的な豊かさや生活水準が把握できる。」としています。


グラフは財団法人国際通貨研究所発表のものです。この消費者物価PPP(PPPとは購買力平価のこと)をみるに、対米ドルではジリ高方向に推移していることがわかります。これは日米を比較した場合、特に日本の高度経済成長時代の終焉以降はお互いが経済成長率としては低い先進国どうしであることから「豊かさ」についての相対的変化が少なく、よって金利差だけ購買力平価を動かす大きな要因となっているためです。つまりドル円相場は日米の豊かさに相対的変化がなければ日米金利差分(日本の金利よりアメリカの金利が高いことが前提)だけわずかに円高トレンドとなることでしょう。
 しかしこれはあくまで日本円対アメリカドルの比較を日本経済対アメリカ経済で検討した結果にすぎません。問題は、アメリカドルは基軸通貨であり、アメリカ以外にも世界中で流通していることやドルペッグ制を採用している国が多いことです。特に日本にとっては、最大の輸出相手国となった中国の購買力平価について比較検討が必要です。
 
 そこでIMF発表の購買力平価の中から主要通貨について対円レートに換算したものを表にしました。2009年から2014年はIMFの予測値です。
 この数字から人民元(CNY)だけが実勢相場よりかなり乖離し、現在の人民元は対日本円で約半分の価値しかない、言い換えれば変動相場制になった場合、対人民元で日本円は半分の価値になるまで円安に動く可能性があるということが分かります。
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7月号でもお伝えしたように、人民元が完全変動相場制に移行することは今現在、可能性としてありません。従って購買力平価の観点からドル円相場の長期トレンドを考察した場合、日米の「豊かさ」に相対的変化はなくとも、中国が経済成長率でみても年率8%から10%のペースで「豊かさ」が上昇しており、このドルにペッグされた人民元の価値上昇に伴って、相対的な日本円の価値は徐々に下落するものと考えます。
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